昭和57年07月23日 月次祭
御理解 第88節
で御座いました。広がりに広がるおかげを頂くには、こういう心の状態、又はこういう信心からという御理解で御座いましたが。誰でも矢張り広がりに広がる、いわゆる日まさり月まさり、年まさり代まさりと言う様に、そういう繁盛のおかげを頂きたいのです。ですから、その頂くためには、手立てが要りますよね。勿論一生懸命働くと言う事もございましょうけれども。これは必ずしも働きのある人だけが繁盛する。
その繁盛のために、返って難儀をするという人すらございますから。信心で頂く繁盛。それも末広がりに頂いて行くおかげを頂くには、矢張り教祖様のこの御教えの中にもありますように、ね。娘が嫁入りをする時に、親が鏡を持たしてやるのは、見目形ばかりを綺麗にするためではないぞと。辛い悲しい時もあろうけれども。そういう時には鏡を立てて、人に悪い顔を見せんようにして。
家を治めて行けよという御教えなんであります。ですからその所は矢張り、辛抱であります。本当に心に辛い苦しいとか、悲しい時にそれを人に、その辛い悲しい顔を見せないとする、その精進というか努力は、矢張り辛抱であります。その心棒を段々させて頂いておりますと。辛抱の徳の様なものが身についてくる。雨が降るから風が吹くからえらいと思うてはならん。その辛抱こそ身に徳をお受ける修行じゃと。
今日はまぁ終日お湿りで御座いましたが、このお湿りの中に皆さん、こうお参りをなさる。もう朝の御祈念にも昼の夏季信行にも、そしてまたこの夜の月次祭にもという方達も、沢山おられましょう。しかもこの雨を衝いてお参りをしてくるのですから、大体はしるしゅうなからなければならんのですけれども。それがますますこう有難い。先程も福岡の西原さんの、お届けじゃないですけれども。このお湿りの中に親先生もう、自動車がもう本当に良う走ってくれます。
自動車が走るのは当たり前のこつのごたる。それがもう心からお礼を申し上げにゃおれんという感じで、お届けをされます。もう雨降りじゃけん今日は動かんと、自動車が言うなら走ったしるしかったろと思うて、とても有難いけれども、ね。自動車が走るのは当たり前だけれども、その当たり前の中にお湿りはお湿りだけれども、このお湿りの中を雨を衝いてお参りが出来ておる事が、有難いというのじゃないでしょうかね。おかげで自動車が、良う走ってくれますという事。
もし信心の薄い人達やら、無い人達はこのしるしい日に、しかも日に朝昼晩参ってと、まぁひょっとすると、笑う人もあるかも知れません。又は少し信心の薄い人はもうそれこそ、お前ぼうけとらんかと言われて、悪口を言われるかも知れません。けれどもお参りをする人達はまぁ修行と感じておる方もありましょうが。その修行をついてお参りをさせて頂くことが、もうこよなく有難くなる様に、私どもの日常生活の上においても、矢張りそうです。初めの間は鏡を立てて人に悪い顔を見せてはならんと言う事に。
一生懸命金光様、金光様で辛抱する。ここで腹だたしい事でも言うてしまおうかという時でも、金光様金光様、黙って治めろと仰せられるからと言うて、一生懸命辛抱してまぁお縋りをして参ります。段々信心を頂くようになって、信心の目が開けて参ります。信心する者は肉眼をおいて、心眼を開けと仰せられるが。心の目が開けて来る様になると、いうなら鏡を立てるのではなくて、教えの鏡を立てる様になります。教えの鏡を立てるようになりますと、本当の姿が映ります。
どんなに辛いとか悲しいとかというて居る様な事であっても。それは辛い事ではないかなしい事ではない。本当に神様が力を下さろう、豊かにして下さろう、大きくして下さろうとする働きだけしか、そこには映らない。最近合楽ではそれを一切神愛論という風に言うております。私どもは一遍に分かる理屈を聞けば、合点がいきますけれども。実験実証した上にも、実験実証させて頂いて行くうちにです。
神愛と言う事が分かります。このようにして、神様、力をつけて下さるんだな、おかげを下さるんだなと分かった時には、どんなに苦しい時であっても、ありがた涙がこぼれて来ます。こら本当にそうです。稽古です神様が、この様にして力をつけて下さる。そして分からせて頂く事は、もうその難儀とか苦しいとかと思うておった、それこそが神愛であったと言う事が分かって来る。嬉しい事又は苦しい事、さまざま一切が神愛であると言う事でございます。
先だってからある教会の先生が、一晩泊りでここへ研修に見えておりました。まぁ色々取り沙汰される教会ですから、とにかく合楽いろんな悪口を言う人もあるけれども、行ってみらなきゃ分からん。行ってみると成程人が助かるはずだ、合楽のゴヒレイのもとは、ここにあるという風に分かられる。昨日もお話をそれをさせて頂いたり、聞いたりさせて頂いて行く内に、もうとにかく合楽の事を、こういう風な悪口を言う人が、まだあるという事を聞いて。私は何か知らんけれども。
心からそれをこう思うた。もうとにかく悪口を言うてくれると言う事。普通でならばそれを言い返したり、又は言い訳をしたり。所がもう体験に体験を積んでおりますから、ね。それこそが心の根肥やしになると言う事を、段々分かって参りましたから。とかく信心は地を肥やせ。地を肥やしておけば、ひとりでにものが出来るようなもんじゃと仰せられるように。とかく信心は心を肥やせと言う事なんです。とかく信心は心を豊かに、大きくして行けと言う事なんです。
ほんなら大きゅうなろう、豊かにしようとして、豊かになるのじゃありません。そこには矢張り肥料が要るはずです。ちょっとした事が腹が立ったり、悲しかったりしておったのがです。段々心が豊かに大きく肥えてくる。いうならばその嫌な事であったり、悪口であったりそれこそが、素晴らしい肥料になるのですから。私の心にははぁ合楽はまぁだ、大きくなりますなぁて言うたら。先生方がびっくりしたような顔をされました。ね。こんな悪口を言うた先生が、妙な顔をしなさるかと思おうたら。
しなさる段じゃない。まぁだ、合楽は大きゅうなりますなぁとこう言われる。先生それが、今朝から申し上げとる、一切神愛と言う事を思うと、悪口そのものも、神愛なんです。どういう神愛かと言うともっと豊かに、大きくしてやろうという、神様の働き以外にないのです。だから嬉しいです。はぁこれが神愛論と仰る意味が解ったという風に、まぁ言われましたが皆さんも、やっぱこまで行かにゃいけませんです。どんなに難儀な問題であっても、どんなに腹の立つ問題であっても。
それにいちいち難儀いちいち腹が立つと言った様な事では、何時まで経っても、いうならとかく信心は地を肥やせと仰せられる、心を肥やす事にはなりません。そういう辛抱させて頂くうちにね。いわゆる神愛と言う事が分かってくるのです。一切神愛だと言う事。ここで言う御理念は、その一切神愛である事を、もう立て横からあらゆる角度から、神様のお心であり、神愛のお現れであると言う事を、だからなぜ有難く受けなければならないかという訳を説くのです。
どうでしょうね私ども人間の社会にです。どう言う事があっても、本当に心から有難いと言える思えれる。まぁ色々お話させて頂いておりましたら、そのまぁ広島あたりの、あの長崎も原爆でね、沢山な人があっという間に亡くなられた。どう信心で、先生あなたは頂いておられますかと言われ、難しい問題だと思ったんです。そら、迂闊な事言いよったら、やっぱりまたその私の実感というものはあるんですけれどもね。けれどもそれを平気で言葉に表現しよると、まぁとんでもない事になる訳ですね。
風に聞こえる訳です。それで私は申しました。私もね一人の弟がおりました。七年間私どもも引き揚げて、帰ってからももう今度の引き揚げ船だろうか、今度の引き揚げ船だろうかと家族中の者が、それこそ待ち望んでおりましたら、ある日突然弟の戦死した事を知らせて下さる方がありました。それから公報が参りました。しかもそれは八月十五日の終戦であるのに、七月三十日という。もう、十五日、何とか神様が、おかげ下さっておったら、無事に凱旋が出来とったのに、と言う事でございましたけれども。
成程一時は一家中のものが、目の前がまっ黒になるような思いを致しましたけれども。ここは信心のおかげであります。今ではその御霊にお礼を申させて頂いております。これはね私また私一家の事ですけれども。これが日本全国というか世界中というか、まぁいうなら天地の親神様の目からご覧になった時。私は弟の戦死のおかげで、今日合楽にこれだけ沢山な人が助かるような信心も、端を発したのはそう言う事であった。その悲しい苦しい事を通り抜けさせて頂くうちにです。
大坪一家が立ち行くようになり、大坪一家だけではない、今日沢山な人が助かるようになった。だから天地の親神様の目から、ご覧になれば一人の例えば、私の弟が戦死した事も。例えば億万の人が億万といや、何十万という人でしょうかね。亡くなったと言う事も、天地の親神様の目から、ご覧なると同じ事じゃない、・・・その事については申しませんでした。私はかく頂いてかくおかげを受けておるという話をした事で御座います。その忌まわしいというか悲しい。
もう戦争さえ無かったならば、と言いもする、思いもしましたけれども。その戦争がなかったら今頃は私は北支で、まぁいうなら贅沢三昧の生活をしておったかも分かりません。けれども戦争のおかげで、また敗戦のおかげでいうならば、私の今日があるんだという風に、誰でもそういうおかげを頂いていけたら、その大変それは悲しい事であったり、忌まわしい事でありましょうけれども。それをおかげと実感出来れる手立てが、私は信心だと思うんですがねと言うたら。
そうですたいなぁ天地の親神様の目からご覧になりゃ、そうですなという風にまぁ、それに対する返事にはならなかったかも知れんけれども。私どもの上に起きてくる、一切の、もうほんに、あぁいう様な事が無かったならと、思う様な事があるけれども。そういう事が生きてくる。いやそれを生かしていくのが信心なんだと。その生かしていく手立てが、私は合楽ほどせつじつかんを持って、しかも微に入り細にわたって、説いておるところは無かろうと思います。
私は昨日聞かして貰ったんですが、この頃こんなに目が薄くなりましたから読めない。本部から教報が毎月送って参ります。それに今度布教研究会と言うのが、本部に出来ましてね。その布教研究の資料として、合楽であの五年祭の時に出ました、和賀心時代を作るという私が当時青年教師の方達に、二日間にわたってお話を致しました。それをご本にしたのが、あの和賀心時代を創るなんですけれども。それが和賀心時代を創る、大坪総一郎何々と、その教報に載っておりますよと言う訳です。
私のいうならば生い立ちから、ずっと話しておりますが、その過去の一切のすべてがね。あのご本をお読みになった方は、分かるでしょうけれども。もう様々な事があったけれども、その一つ一つが全部、生き生きと生きてきておる。信心は本当に確かに、それを過去の一切を生かして行く事である。本当にそれを聞いてから、途端に嬉しゅうなりました。合楽はまぁいうならばお芝居で言うなら、悪役のように言われるけれども。おかげを頂いておる。私はあの今言う様に、悪口を言われた時ですね。
心の中にはぁまぁだ大きゅうなるなと言う様な気持だけではなくて、そのいうておる人の事が、もう本当に何か切実に人の悪口を言うほど、嫌な事はないしね。苦しい時なんですよやっぱり。だから祈らずにはおれない。私は何時も夕食の時に水戸黄門を見せて頂きますが、今日が最後じゃなかったでしょうか。もう水戸黄門が水戸に帰ったとこでしたから。皆さんもご覧になりましょうが。いわゆる何というですか、良い者を助けて悪い者を懲らしめて行くという、ね。
勧進帳枠と言いますか、の筋のものばっかりなんですね。しかしこれはねお芝居だけじゃなく、合楽の場合でもそうです。合楽のおかげはもう絶対そうです。善人まぁいうなら合楽で、良い信心をさせて頂いて信奉して行きよら、必ずおかげを頂くです。神様は見ておいでになるなぁ、聞いておいでになるなぁと言う事を実感します。ラストシーンに何時もまぁ、いじめられておったり、濡れ衣を着せられておった人が、助けられていうなら悪人が、こうやっつけられると言う様な所。
皆さんはどうでしょうか。私はあの善人なら善人が、あの助けられて行くと言う所に、非常に感動を覚えます。そして水戸黄門の良い所は、悪人でもその場で叩き切ってやると言う所がないのが好きです。あれは何ですかね、萬屋錦之助なんかがやるとは、もう最後に叩き切ってやる、叩き切ってしまいますもんね。もうあらはフルフル好きません私は。もう本当何とかその悪人も、助けられる手立ては無いだろうかと。その心が見よってから感ずるです。
そして正直な人、善人であるという人は、当然助かって行く。あれはお芝居だけの、まぁ勧進帳枠お薦めのための映画ではなくて、実際合楽で信心をさせて頂いておると、そういうおかげが受けられて、しかも敵役と思うておった人までも助かって行く様な働きが起こってくるです。私どもの一切過去の一切が、もう生き生きと生きてくる。どんなに悲しい事であっても、もうおかげでとお礼が言えれえる様な時に例えばです。それは成程この頃も教団で、広島で何か集会がありましてね。
そのまぁ異例のお祭りの様な事がございましたが。ただ慰めると言う位の事ではね。浮かばれないと思うですよ。本当におかげでとこうお礼が言える時に。だからそんな事言いよると、何か妙な風に受ける人がありますけれども。これはだから私個人の私も、弟を亡くしてから悲しい、苦しい事であったけれども。その弟にもう日々心からお礼が言えれるという時に、始めて御霊の助かりと言う事。
御霊のまた喜び、ね。それこそ甲斐あるいの血に、喜びむせぶ事であろうと思います。自分の短い生涯ではあったけれども。それが甲斐ある物としてです、御霊が喜んでくれる。皆さんが祈念詞の中にもありますように、人をお導きをして甲斐ある命を目覚めさせると言う所がありますね。甲斐ある命とは、どう言う事でしょう。この世に生を受けたという事が、この様にも尊い有難い事であったと。
しかも一年一年有難うなって行く様な手立てを、分からせて頂かなければ、私は甲斐ある命と言う事にはならないと思う。そういう風に導いていくと言う事と自分自身も、その様に導かれて行かなければならない。それには初めの間は、苦しいからこそ合楽にご縁を頂いた。困った事があったから、お願に行ったのだけれども。その困った事も難儀な事もあと後で考えてみると、そのおかげで合楽にご縁を頂いて。今日その難儀であった困ったと言う事も一切神愛であったの中に入ってくる。
そして今日いうなら、生き甲斐のある生活を日々させて頂く。送らせて頂くというおかげを頂くと言う事。御霊でもそうです。まぁだ三十になるかならない位で、まぁ私の弟が亡くなりました。残念な事であったろうけれども、それを後に残っておる者が、大作と言いよりましたが、大作さん本当にあの時は、目の前がまっ黒になろうごたる。一家中がそうだったけどね。あれを境に一家中の者の信心が、こうなってしかも今ではこういうおかげになってと、いう時に例えば早死にをした、弟の御霊もね。
いうならば甲斐ある御霊、命を分かる事であろうと思います。また私どもの場合でも、限りなくこの甲斐ある命を、命として続けていけれると言う事は、一年一年有難うなってくる。これが信心の位であろうかという、心に信心の位を感じながら、おかげを頂いて行くためには、ただ辛抱。・・・今日は雨の降りじゃけん、白しかばってんお参りしようと。これが修行と思うて、参ろうという所から段々そのお湿りを衝いてお参りをすることが、有難うなってくる。
ほんならこれが人生の上の雨であったり、風であってもやっぱりそうである。それこそ鏡を立てて悲しい苦しい顔を、人には見せてはならぬと思うて、ぐうぐう言うて堪えんならんという時代から、段々教えが分かって参りますと、教えの鏡を立てるようになる。教えの鏡を立てる様になると、はっきりありありとそこに、神愛である事のしるしが分かってくる。今まで悲しいと思っておったのが、有難涙に変わってくる。そういう生き方を愈々、体得して行かねば・・・いっぺんにという訳にはいきません。
いわゆる昨日私がお話を致しまし、先生も大変まぁ偉い、もう、最高学府をでられた方だったですけれども。あぁ先生あなたが言われるように、もう本当に一切神愛論大体、教祖様の御教えを煎じ詰めると、そういう事になるでしょうねと言うて、えらい感心して聞いて下さったんです。一切どんな場合であってもお礼の言えれる心を。いわゆる実験実証を持って、それを自分の身につけて行く、自分の血肉にしていく、ね。でないとね私は生き甲斐ある命と言う事には、なってこないと思う。
本当に苦しい事の妙を謳歌、行きたいという様な事ではね、人間の生涯と言うものはもう本当に、やっぱしこの世は苦の世だ苦の世界だで、終わったんでは金光様のご信心を頂いている値打ちは無い。苦しいです。困ったこともあるですけれども、その困った事苦しい事を通して行くうちに、その事に対してお礼が言えれる様な、いわば手立てをね、一つ、頂いて行かなきゃいけない。
今日昼の御祈念にも、短い御理解を頂く訳ですが、一粒万倍と言おうがと。人の手本になる様な信心をせよと仰るが。本当に人の手本になる様な信心とは、一粒万倍になる様な信心とは、どういう信心を言うのであろうかと。私はもう本当に有難い、有難いで喜びの種を蒔いて歩きよります。という人が沢山あります。そんならその喜びの種が芽をきって、喜びの芽が出て花が咲いて、喜びの実が実りよるでしょうねとこう言うと。そう言うとこには一つも感じ切っていない。
自分は喜びの種と思うておるけれども、それは枯れておるのだ、死んでおるのだと分からせて頂いたら、生きた喜びの種とはどういう種を言うのであろうか。生きた喜びと言うのはどういう歓びであろうか。そういう種をまかせて頂かなければおれないです。それがお願をしておかげを頂いた、有難屋というのでは本当な、真の喜びの種にはならない。普通で言うならそれの反対の様な場合であっても、神様のお心が分かり信愛を悟らせて貰うて、お礼が言えれるような心こそが真の喜びである。
こういう種を蒔いて行けば、一粒万倍のおかげが受けられる。まぁそれのちょっとした見本が、私だと思うんです。私は沢山な苦しい所を通りましたけれども。その苦しい事の後には、もう必ずお礼が言えれる心が、心に開けておった事を思います。だから開けんなら開ける修行をさせて貰わなければいけんです。そういう種であってです始めて、今日の昼の御理解の最後にも申しておりますように。
ほんならもう一遍、教えの頂き直しをしなければいけない。今まで知っておったと言う教えだけではいけない。教えを頂き直しいうならば、自分のあり方を、改めに改めた末にも、改めて行って信の喜びの種が蒔けれる様な、一つ信心をさせて頂きたい。おかげを頂きたい。初めていわゆる生き甲斐ある命と言う事に目覚める事になるのです。この世に生き甲斐が感じれれる、一つ信心を頂きたいですね。
どうぞ。